社会福祉法人 石井記念愛染園

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石井十次先生

日本の社会福祉事業における先駆者、石井十次

23歳で本格的な児童救済事業をはじめ、一時は1,200名もの子どもたちを預かり、生活面・教育面でのケアを提供しました。
1914年(大正3年)志半ばにして、急逝した石井十次の意志を受け継いだ当時のクラボウ社長大原孫三郎によって、1917年(大正6年)に(財)石井記念愛染園が設立され、現在は愛染橋病院をはじめ多数の事業を展開しています。

憲法

茶臼原憲法三章(石井十次自筆)

石井十次 年譜

1865年(慶応元年) 宮崎県の高鍋で出生
1882年(明治15年) 17歳の時、医者を志して岡山医学校に入学
1884年(明治17年) 岡山キリスト教会で洗礼を受ける
1887年(明治20年) 岡山の上阿知診療所で実習を兼ね代診。巡礼の子どもなど3名を助ける。
その後三友寺を借りて「日本孤児教育会」を設立(後岡山孤児院と改名)
1889年(明治22年) 医学書を焼き捨て孤児救済事業の道を選ぶ。このころ孤児51名
1891年(明治24年) 濃尾地震(愛知.岐阜)の孤児93名を救済
1894年(明治27年) 郷里茶臼原への移住始まり開墾に着手
1905年(明治38年) 東北地方大飢饉 翌年仙台・福島に救済事務所を開設。
岡山孤児院計1,200名に
1907年(明治40年) 東京と大阪に事務所を開設
1909年(明治42年) 大阪市南区(現在の浪速区)に愛染橋保育所・愛染橋夜学校・日本橋同情館を設立
1910年(明治43年) 岡山孤児院のすべてを郷里茶臼原に移す決心をする。移転始まる
1912年(大正元年) 茶臼原への移転ほぼ終了。翌年茶臼原憲法を発表
1914年(大正3年) 1月30日 永眠
1917年(大正6年) 石井記念愛染園発足

石井記念愛染園 沿革

1902年(明治35年) 岡山孤児院大阪出張所開設
1909年(明治42年) 大阪市南区愛染橋(現在の浪速区)に家屋を借り、愛染橋夜学校、愛染橋保育所、日本橋同情館開所
1917年(大正6年) 財団法人石井記念愛染園設立
岡山孤児院創立30周年、石井十次永眠3年を記念して大原孫三郎が推進・設立
1937年(昭和12年) 愛染橋病院設立・開院(28床)、低費診療を開始
1946年(昭和21年) 健康相談事業開始
1952年(昭和27年) 財団法人より社会福祉法人に組織変更、
愛染橋保育所開所
1962年(昭和37年) 愛染園愛染橋児童館開設
1965年(昭和40年) 愛染橋病院本館完成(263床)
1970年(昭和45年) わかくさ保育園開園(西成区)
1981年(昭和56年) 愛染園南港東保育園開園(住之江区)
1996年(平成8年) 日本橋地域在宅サービスステーション開所
2001年(平成13年) 特別養護老人ホーム「あいぜん」、
グループホーム「あいぜん」開所
2005年(平成17年) 愛染橋病院新築移転(274床)
2006年(平成18年) つどいの広場事業開始(西成区)
2007年(平成19年) 大阪市立西成市民館の管理運営を開始
岡山孤児院大阪事務所(出入橋東詰め)